インクルーシブデザインとは?商品・施設で見る実例と導入のポイントを解説
誰もが使いやすい商品や快適に過ごせる空間をつくるために注目されているのが「インクルーシブデザイン」です。従来のユニバーサルデザインに近い考え方ですが、より幅広い人々の多様性を尊重し、当事者の視点を取り入れる点が特徴です。例えば、日常生活で使う家電やスマートフォン、公共施設や商業施設の設計にも採用されており、利便性や快適性を高めています。
本記事では、インクルーシブデザインの基本的な考え方から重要性、実際に取り入れられている商品や施設の事例、さらに導入する際のポイントまでわかりやすく解説します。身近な例を通じて、インクルーシブデザインの魅力を一緒に探っていきましょう。
インクルーシブデザインとは?
インクルーシブデザインとは、マイノリティな人も含めてすべての人が使いやすいデザインをつくる考え方・手法を指します。インクルーシブ(inclusive)には「すべてを含む」「包括的」という意味があり、デザインを設計する段階からこれまで製品・サービスから除外された人や利用しづらかった人を考慮しています。
インクルーシブデザインは1990年代前半頃から、ロンドンの国立美術大学の名誉教授であるロジャー・コールマン氏が提唱し始めました。製品・サービスの設計を考える上で、健常者の目線だけでなく、使いづらさを感じている人の目線に立つことが重要だと考え、インクルーシブデザインを普及させていったのです。
ユニバーサルデザインとの違いは?
インクルーシブデザインと似た意味を持つ言葉に、「ユニバーサルデザイン」があります。ユニバーサルデザインとは、普遍的ですべての人のためのデザインを指す言葉です。誰が利用しても使いやすいデザインにするという目的はインクルーシブデザインと変わらないものの、ターゲットやアプローチ方法に違いがあります。
まず、ユニバーサルデザインのターゲットとなるのは、「多くの人」です。そのため、誰でも使いやすい製品・サービスになっていると評価される傾向にあります。一方、インクルーシブデザインはこれまで除外されてきた人がリードユーザーになるため、リードユーザーにとって使いやすいデザインになります。結果的に多くの人にとって使いやすいデザインになることもありますが、基本的にはリードユーザーに重きを置いているのです。
また、ユニバーサルデザインは主に公平性・柔軟性などから健常者によるアプローチになりますが、インクルーシブデザインの場合は企画の早期段階からリードユーザーの意見を取り入れ、新たな価値を生み出していきます。
インクルーシブデザインが重要である理由
各分野においてインクルーシブデザインが注目されていますが、具体的にどのような理由から重要視されているのでしょうか?ここで、重要である理由について解説します。
多様性を受け入れる社会を実現する
各分野で重視されている理由の1つに、多様性を受け入れる社会の実現が挙げられます。近年は性別や人種、価値観、障害など、あらゆる属性を持つ人たちが共存する「ダイバーシティ」という価値観が広がっています。
これまで性別や年齢に加え、障害や貧富の格差などにより、助ける側・助けられる側に分けられる傾向にありました。しかし、ダイバーシティの価値観が浸透し、一人ひとりがお互いの人権や尊厳を尊重し、認め合う社会になろうとしています。その中で、インクルーシブデザインの考えや手法も広く取り入れられるようになっていったのです。
潜在ニーズを掘り起こせる
あらゆる業界で競合がひしめき合う中、一般的なユーザーニーズを取り入れようとしても、すでに他社が手がけているケースは少なくありません。新たな価値を創造するのが難しくなっていますが、インクルーシブデザインを取り入れることで潜在ニーズを掘り起こし、これまでになかった新たな価値を生み出すことも可能です。
潜在ニーズを掘り起こすことができれば、競合他社とは一線を画す製品・サービスの提供につながり、企業の利益や市場拡大なども目指せるでしょう。
企業のブランド価値を高められる
インクルーシブデザインを取り入れることで、企業のブランド価値を高めることも可能です。なぜなら、インクルーシブデザインとSDGsは深い関わりを持っているためです。
SDGsではより良い世界を目指す国際目標を掲げながら、地球上の誰一人取り残さないことを誓っています。この考えはすべての人を含む包括的なインクルーシブデザインと近い理念です。そのため、インクルーシブデザインを取り入れることでSDGsの目標達成に向けて事業を展開していると言え、社会貢献につながるとして企業のブランド価値も高まるのです。
インクルーシブデザインの代表的な商品事例
インクルーシブデザインはすでにさまざまな製品づくりに活用されています。ここで、代表的な商品事例をいくつか紹介しましょう。
視覚・聴覚に配慮したガジェット・家電の事例
西東京市に本社を置くシチズン時計株式会社は、タイのロッブリー県にある視覚障害者学校の教員・生徒からの意見をもとに、文字盤を触ることで時間がわかる腕時計を開発しています。視覚障害者用の時計は一目で視覚障害者用とわかるデザインであり、一般の時計と比べてデザイン性の低さが課題としてありました。しかし、シチズンが開発した時計は障害だけでなく、性別やスタイル、着用するシーンなども選ばないデザインを実現し、さらに判読性も高めた時計に仕上がっています。
また、Microsoft社では誰でもPCが使えるように、「Microsoft アダプティブ アクセサリ」を提供しています。アクセサリにはさまざまな種類があります。例えばマウスは一般的なものと異なり平らな形状をしていて、さらに別売りのマウステールや3Dプリントによって自分にとって使いやすいマウスにカスタマイズすることも可能です。
参考:触って時間を知る時計[シチズン腕時計]
参考:Microsoft アダプティブ マウス – Microsoft Store
誰もが履ける靴・着られる服のアパレル事例
NIKEが開発した「GO FLYEASE」は、手を使わなくても簡単に着脱できる靴です。靴は足を入れやすいようにオープンな形状になっていながら、足を踏み入れるとロックがされ、脱げにくくなります。脱ぐときはかかと部分のキックスタンドを踏むことで、簡単にロックを解除することが可能です。手が不自由な人はもちろん、しゃがむのが大変な高齢者やお腹が大きい妊婦、重い荷物を抱えているときなどにも便利な一足です。
また、株式会社フェリシモは「裏表のない世界」というアパレル商品を展開しています。本来服の裏表は縫い目やポケットなどでわかりますが、「裏表のない世界」は裏側でも縫い目が気にならないように仕立てられ、さらにポケットを裏表の同じ位置に取り付けているため、裏表が逆だったとしてもわからない仕様です。これにより、視覚障害者や麻痺があって着替えにくい人なども着用しやすくなっています。
参考:Nike初のハンズフリーシューズ:ゴー フライイーズ.オンラインストア (通販サイト)
参考:裏表も前後もなく着られる服「裏表のない世界」シリーズが、フェリシモの「オールライト研究所」から発売|FELISSIMO COMPANY [フェリシモ カンパニー]
多様な肌色に対応した日用品・ヘルスケア商品の事例
ジョンソン&ジョンソンが発売する絆創膏「BAND-AID」は、5色のカラーバリエーションで展開しています。絆創膏というと1色しかないイメージがありましたが、薄い色から濃い色まで幅広いスキンカラーにも対応できるようにしました。その結果、これまで絆創膏を使うと変に目立っていた人も、自分に合ったカラーを選べるようになったため、世界中で多くのユーザーを獲得することに成功しています。
また、医療機器においてもインクルーシブデザインが取り入れられています。X線検査の支援システムを手がけるアイスゲートは、これまで音声指示で行われていたX線検査において、絵や文字、動画、手話などで指示ができるシステムを開発しました。このシステムによって、聴覚障害者もがん検診をスムーズに受診できるようになります。
参考:Instagram
参考:e-検査ナビ シリーズ | 株式会社アイエスゲート
子ども向け教材・グッズにおける実践例
大栗紙工株式会社が発売した「まほらノート」は、発達障害者の声を取り入れて開発されたノートです。発達障害者にとって既存のノートは、光の反射が眩しく感じたり、罫線が識別しにくかったりするなどの問題がありました。こうした声を聞き、中紙に色上質紙を使い光の反射を抑えたり、独自の罫線を考案したりするなど、さまざまな工夫を取り入れ、発達障害者の人も使いやすいノートが完成したのです。
「さかなかるた」は、株式会社千葉印刷が運営するブランド「GAMOTTO Lab.」が手がけた商品です。子どもに魚に対する興味・関心の幅を広げたいという思いから、魚の模様や色で魚を当てるかるたを開発しています。このかるたは単に魚の模様が書かれているだけでなく、高度な印刷技術を用いて光の反射や表面の凹凸まで、リアルに再現していることから視覚と触覚の両方で楽しめるかるたに仕上がっています。
参考:まほらノート|OGUNO(オグノ)
参考:さかなかるた公式HP | 水の中でも遊べる!きらめき、テクスチャを再現した 「さかなかるた」
身近な生活用品・デバイスのデザイン事例
身近な生活用品やデバイスにもインクルーシブデザインが採用されています。例えば公共交通機関です。電車やバスには誰でも利用しやすいように優先座席が設けられています。また、ノンステップバスは乗り口の段差をなくすことで、車椅子やベビーカーも乗り降りしやすい仕様になっています。
スマートフォンにも音声読み上げ機能や振動・視覚的通知を利用したアラート機能などが搭載されており、視覚障害者や聴覚障害者も活用しやすくなっています。さらに、設定を変更すれば文字を大きなサイズで表示したり、画面のコントラストを変えて見やすくしたりすることも可能です。
会社で活用されるオフィスチェアにも、さまざまな工夫が施されています。身長や体格、姿勢などの違いにも対応できるように、高さや背もたれの角度、座面の深さなどを調整できる機能が搭載されているのです。この調整機能によって一人ひとり最適な姿勢を保ちやすくなり、長時間のデスクワークでも疲れにくい仕様となっています。
インクルーシブデザインの施設・空間デザイン事例
インクルーシブデザインが採用されているのは、製品だけではありません。施設や空間にも取り入れられ、多くの人にとって利用しやすい施設・空間を実現しています。
誰もがアクセスしやすい公共施設の事例
茅ヶ崎市美術館は、細い道が入り組んだ場所にあることから、昔から道に迷いやすいといわれていました。しかし、弱視の方から美術館まで「迷路のように楽しめた」といわれたことをきっかけに、インクルーシブデザインの手法を使ったフィールドワークを実施したのです。このフィールドワークをもとに、茅ケ崎市美術館ではアーティストによる五感に働きかける展示や、実際に作品の原点となった道をアーティストと一緒に歩く企画なども行いました。
また、TOTOは従来の公共トイレだと利用しづらかった人の声を取り入れ、設計した「パブリックトイレ」の開発を進めています。例えばトイレ内でも動きやすい空間をつくったり、介助や見守りが必要な人と同伴者が一緒に入れる男女共用スペースを設置したりするなどです。他にも、手すりや背もたれ、点字、着替え台、大型ベッドなどを適切な位置に配置するなど、どのような人でも利用しやすい公共トイレになるよう設計しています。
子どもも大人も楽しめる遊び場・広場の事例
都立砧公園にある「みんなのひろば」は、障害の有無に関係なく多様な子どもたちが一緒になって遊べる遊具やスペースを提供しています。設計段階から障害を持つ子どもや保護者、団体から意見を募り、その意見を取り入れて整備されました。例えば、園路はアスファルトですが遊具周りの地面はゴムチップ舗装にして、転倒してもケガがしにくくなっています。遊具自体も車椅子や歩行器のまま遊べるものや、背もたれと安全バーが付いたブランコなどもあります。
鎌倉市が海浜公園由比ガ浜地区に設置した「インクルーシブ広場」にも、車椅子やベビーカーなどに乗ったまま利用できる遊具や砂場があります。鎌倉市はインクルーシブ広場をつくる際に利用者や周囲の住民の声を聞き、企画にも活かされています。
教育・保育の現場でのインクルーシブ空間
千葉県君津市にある「宮下どろんこ保育園」は、通常の保育園と併設する形で児童発達支援施設を設けています。児童発達支援施設は障害のある未就学児をサポートしており、健常児と障害児を分け隔てなく保育する「インクルーシブ保育」を採用しているのが大きな特徴です。さらに、保護者の待合だけでなく地域住民との交流も行えるカフェを併設し、誰でも地域社会に参加できる取り組みがなされています。
他にも、児童発達総合ケア施設の「フジ虎ノ門こどもセンター」では、小児医療と療育が必要な子どもの通所支援を、同じ建物内で行えるようになっています。子どもの発達支援だけに留まらず、登校支援なども手がけており、未就学児から高校生まで同じ施設で過ごしています。この施設を手がけた積水ハウスは、2023年の第17回キッズデザイン賞において、こども政策担当大臣賞の優秀賞優秀賞に選ばれました。
すべての子どもが遊べる屋内施設の事例
山形市にある「シェルターインクルーシブプレイス コパル」は、すべての子どもたちに開かれた遊び場として設計された屋内施設です。デジタルアトラクションや教室など別途費用が必要な場合もありますが、基本的には無料で遊ぶことができます。ネット遊具や山遊びなどができる大型遊戯場やボール遊びができる体育館、さらに工作を楽しめるものづくりのへやなどが設けられています。スロープも幅広く、車椅子の子どもでも利用できるように設計されています。
また、コパルには子育て支援センターも併設されているのも魅力です。子育て支援センターでは子育てに関する悩みや不安などを相談したり、講座やセミナーなどを定期的に開催したりしています。
街中に広がる小さなインクルーシブの実践
奈良県生駒市にある「まほうのだがしや チロル堂」は、一般的な駄菓子屋とは異なり、貧困や孤独などの問題を抱える子どもを支援する施設になっています。例えば18歳以下の子どもが回せる「まほうのカプセル」は、100円で1回カプセル自販機を回すことができ、中に入っているチロル札を使って駄菓子を購入したり、ポテトフライやカレーなどを食べたりできます。また、チロル堂ではお弁当やランチの販売、木・金・土の18時半以降になると酒場として営業しており、大人も楽しむことが可能です。
東京都足立区にある「ツナグ」は、キッズスペースの完備や保育園が併設されているコワーキングスペースです。一般的に、自営業やフリーランスの人が保育園を利用したくても、入園の優先順位が会社勤務の人に比べて低い傾向にあります。こうした問題点を解消するために、ツナグでは入園できなかったとしても働けるようキッズスペースの完備と保育園を併設しています。
インクルーシブデザインを導入する際のポイント
実際にインクルーシブデザインを導入する場合、以下のポイントを押さえることが大切です。
- 除外されている人を把握する
- 多様な視点を取り入れる
- 利用方法を限定しない
- ユーザー理解を深める
- 柔軟な設計を心がける
- 多様なチームで取り組む
それぞれのポイントを解説していきましょう。
除外されている人を把握する
インクルーシブデザインを取り入れる上で、まずは除外されている人を把握することが重要となります。健常者にとっては使い勝手が良かったとしても、使いづらさを感じている人も中にはいます。そうした声を聞き、多様な特性も考慮することで誰にでも使いやすいデザインを設計できるのです。
こうした理由から、まずは除外されている人・グループを特定し、どのようなニーズがあるのかを調査する必要があります。
多様な視点を取り入れる
実際にデザインを設計する際には、多様な視点を取り入れることも重要です。例えば1人だけでデザインを設計した場合、自分の価値観や経験などは反映されやすいものの、自分以外の視点を取り入れるのは難しく、実際には使いづらくなってしまったというケースも珍しくありません。
インクルーシブデザインは基本的に設計の早期段階で、当事者の声を聞き、設計に取り入れる必要があります。
利用方法を限定しない
1つの製品・サービスに対して利用方法を限定してしまうと、その使い方だと不便な人は除外されてしまい、インクルーシブとは言えなくなります。そのため、1つの製品・サービスであっても複数の利用・アクセス方法を取り入れることが大切です。
例えば電子機器はタッチで操作するだけでなく、音声操作やジェスチャー操作なども使えるようにすれば、利用者の選択肢も広がります。
ユーザー理解を深める
リードユーザーのニーズに対応した製品を開発するには、そのユーザーの背景やニーズについてより深く知ることが必要です。例えば車椅子を利用している人は、日常生活を送る中で不便に感じてしまうシーンが多くみられます。
こうしたユーザーの体験全体を考慮し、プロダクトやサービスの価値を高めるアプローチは「UXデザイン」と呼ばれます。ユーザー理解を深めるための具体的なプロセスについて、さらに詳しく知りたい方は、以下の記事もご覧ください
柔軟な設計を心がける
先入観に捉われることなく、柔軟な発想でデザインを設計することも大切です。例えば実現性や費用対効果などは一旦置いておき、まずは発想する段階から思いつくまま意見を出し合うことで、新たな価値を創造できる場合もあります。
また、デザインを設計するにあたって、どのような条件・環境下でも使いやすいデザインを意識することも大切です。例えばカスタマイズや調整が自由に行えるものだと、一人ひとりに最適な形で製品を届けられます。
多様なチームで取り組む
属性や環境に応じて誰しも除外の対象になってしまうことから、インクルーシブデザインを設計する際には多くの人で取り組む必要があります。もし自社のチームだけで設計を進めてしまうと、偏りが生じる可能性が高いです。
チームで取り組む際には、多くの人に意見を聞いてみたり、チーム自体も性別や年齢、国籍、状況など多種多様な人材を採用したりすることで、理想的なインクルーシブデザインの完成につながるでしょう。
ここまでインクルーシブデザインを導入するためのポイントをご紹介しました。 これらの考えをアプリ開発に活かす第一歩として、まずは多くのユーザーが離脱してしまう「UIの落とし穴」をデータから学んでみませんか。
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まとめ:身近な事例からインクルーシブデザインを考えよう
インクルーシブデザインは、障がいの有無や年齢、生活環境の違いに関わらず、誰もが快適に使える商品や空間を実現するための考え方です。すでに多くの企業や施設で実践されており、私たちの生活をより豊かにしています。導入にあたっては、当事者の視点を取り入れることや多様なニーズを想定することが重要です。
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